リア充を目撃した時の、精神の安定させ方。

世の中にリア充っていますよね。

あの連中の存在は、心理学的に一種のマインドコントロールだと思うんですよねえ。

充実した楽しい人生とはこういうものだ、っていうモデルケースみたいのを見せつけてきて、生き方を矯正しようとしてくる。

 

川原で男女でBBQ(バーベキュー)とかやってるグループに遭遇すると、何とも面倒くさい気持ちになるものです。

やたら自分たちは人生を楽しく生きてます的なふんい気を見せつけられると、インドアな趣味しかない筆者としては迷惑な光景です。

いや、自分がオタクだからひがんでるとかいう話じゃないです。飲み会とかサークルとかばか騒ぎする空気が苦手なだけなんです。

 

人はグループになるとよく分からない『空気を読め』的な集団圧力によって、ちょっと風変わりな者を思想弾圧してくるじゃないですか。

場の空気を壊すような発言は、なぜか押し潰されるんですよね。そして、みんなで集まって無難な会話をくり広げる

基本、今を楽しんでる人たちなんだな、と思います。

 

彼らと交流してもあまり身になるものがなく、外から眺めていても気分を害されるので、何とかうまく対処したいところです。

今回は世にはびこる害虫リア充を見ても、精神の安定を保てる方法を書いてみようかと思います。

よかったら、参考にされてみてください。

リア充を見たときの心の対処法

リア充はじつは誰かのコピーである。

彼らの話す内容を聞いてると、流行してるネタが多いわりに、あまり本質的なことを言ってないように思います。

テレビなんかで報じてる芸能人とか有名人の話題なんかが主体ですよね。

 

テレビの人間は目立ちますし、話題として共有しやすいのもあるでしょうけど、やっぱり芸能人って『社会のリア充』みたいな存在だから、あこがれる気持ちが大きいのかなと。

リア充はテレビに影響されて、自分の生き方を方向付けます

芸能人が自由そうに生きてるのは真似したくなる部分ですけど、彼らが有名になる前に長くて辛い下積みの生活を送っていたことには、ほとんど注目されません。

 

テレビに出られるようになる以前は、売れない貧乏時代を長いこと経験していたのは、よく語られる話です。

周りの知り合いが会社とかで給料をもらってそこそこ裕福に生活してるのを見ながら、自分は売れないみじめな生活をつづけてたりします。

リア充が芸能人とかをマネて、ファッションとか遊びを楽しむのは問題ないのですが、どうせ真似るなら芸能人のビンボー時代をも含めて真似するべきなんじゃないかなと。

テレビに出てる芸能人の裏側の見えないビンボーや努力をこそ真似していきたいものです。

 

川原でBBQ をすれば、芸能人に近づけると思ってるリア充こそ、『真のリア充』からは程遠いところにいると自覚するべきでしょう。

テレビの芸能人を真のリア充と見なすなら、リア充とは長い貧乏生活を経た上でようやくなれる人種なんだと分かります。

表面だけマネするのは誰でもできるのですが、本来リア充への道は長くて険しいものだったのです。

 

似非リア充たちは、べつに真のリア充ではないので、気にしないようにすればよいでしょう。

彼らは、そもそもリア充じゃないんですから。

偽物だったのです。

 

表面がリア充でも、本質がリア充ではないので、その楽しげな日々は長くつづきません。テレビで見たリア充を装ってるだけなのですから。

芸能人がほんとに好きなら、下積みの時代をも見習えばよいのです。

自分の未来のために貧乏な暮らしができる人間こそ、むしろ真のリア充に近いと言えます。

リア充を見たときの自分の内面を観察する。

リア充

あの人種を目にすると、何か気持ち悪い虫でも見たかのように不快な気分になりますよね。

その時、私の内面ではどのような変化が起こってるのでしょうか?

  • 楽しそうなリア充を目にして気分が沈む。
  • みんなでワイワイ楽しそうにしてるのが、友だちのいない自分を何となく否定された気になるからだ。
  • ついでにモテないゆえのひがみもあるだろう。
  • しゃべるのが苦手であるゆえのひがみもあるだろう。
  • オタクはつねにリア充とは敵

私自身が地味にコツコツ生きてるタイプの人種なのもあって、派手でうるさい人間とは相容れないものがあります。

では、私はリア充ではないのか、というとそれは違うと思うんですね。

上でリア充が芸能人を表面だけマネた劣化コピーであることを解説しました。

そして、真のリア充とは長く苦しい下積み時代があったのだと書きました。

よーするに、真のリア充に近いのは私のほうだったのです。。

 

偽リア充たちは自分たちがホンモノではないからって、真性リア充であるわれわれを同じ場所に引きずり下ろそうとしてるんじゃないかなと?

表面だけリア充の彼らは、計画的にコツコツ生きてる人間を全否定して、刹那的な快楽に浸らせようとする作戦を企ててるのではないか。

ですが、リア充がうらやましいからって彼らをマネるのは、ベターではありません。

 

ブログは基本、一人で淡々と書いていくものです。とくにワードプレスですと、SNS もないので人付き合いなんてありゃしません。

節約も、一人でコツコツやるものですし。勉強にしたって一人で孤独にやるしかないんですよね。

趣味で小説かイラストでも創作しようと思ったら、これも一人で淡々とやるしかないですものね。

 

こうした作業にリア充らのワイワイする光景は、目に毒なんですよ。(経験談)

でも、真のリア充になり上がる道は、わりと地味で孤独な努力が前提になってるものです。

うらやましいという理由で、街で見かける偽リア充をムリに真似しようとするのは、正しい選択ではないでしょう。

オタクにはオタクの生き方がありますから。 

初期ステータスがリア充とオタクじゃ、そもそも違うんですよ。

 

偽リア充の策略にハマって、流行を追いかけるのは得になりません。SNS とかで日記書いてる場合じゃないんですよ。

リア充らはみんなで仲よくコミュニティを作ることが、楽しいことだと洗脳してくるのです。

リア充に洗脳されないために

コミュニティや流行は、ブログで副収入を得るには避けるべきものです。

ネットで価値があると見なされるのは、差別化された独自の情報だからです。

 

Google の検索システム自体がそうなってるんですよ。細分化されたキーワードごとにサイトをランキング表示して、ユーザーの利便性を高める正しい情報をより上位に配置します。

世界の検索システムが求めてるのは、コミュニティで共有されるトレンド情報とは少し違います。

新しい情報も大事ですが、どっちかと言うと専門性の高い内容を分かりやすく説明したサイトなどを評価する傾向があります。

  • Is this article written by an expert or enthusiast who knows the topic well, or is it more shallow in nature?

(この記事は専門家もしくはその話題に精通した愛好家によって書かれたものですか? それとも、中身の薄っぺらいものですか?)

Google Webmaster Central Blogから引用

 

差別化された独自の情報を書けってことなんですけど、この検索システムの方針によく沿ってるブログはワードプレスです。

SNS 機能のないワードプレスは人との交流がなく、初めはアクセスも来ないことから『陸の孤島』なんて名誉ある呼ばれ方をするくらいですよ。

ワードプレスは孤独なブログです。

 

リア充で仲間同士でワイワイやってるのが好きな人には、敷居が高いかもしれないです。

孤独でいることに慣れた人じゃないと

反応がなくても淡々と文章を書きつづける忍耐みたいのは必要なんですって。

筆者もほとんど読まれないブログをこうして地味に書きつづけてるんですよ。たまにこの作業に意味があるのか分からなくなってきますね。こうやって文章を書いていても、誰かからすぐに反応があるわけでもないので……。

 

少なくとも、ブログなどで副収入を得ることを目標にしてる人にとって、リア充は特に目ざわりな存在と言えます。

何か目標に向かって努力する人間を、コミュニティの安寧に引きずり下ろそうという意図しか感じられないんですよ、彼らには。

しかし、本物のリア充を目指す者は、彼らと反対に行かねばならんのですよ。

 

逆の方向に行くのが正しいルート。

彼らを見かけても反面教師として利用させてもらいましょう。

そもそも、真のリア充じゃないんですから。

まとめ

町でリア充を目撃した時の、精神安定法を書きました。

  • 彼らはじつは偽リア充であって、真のリア充ではなかったこと。
  • 彼らがみんなでワイワイやってるのは、目標に向かって努力する者をコミュニティに浸る安心感へと引きずり下ろすための策略であったこと。

を説明しました。

 

みんなと同じ。っていうのはそんなに良いことじゃないんですよ。

みんなと違うことをしないと、自分の代わりは他にもいることになってしまうので。

 

結論として、リア充は害悪でしたってことですね。

このブログの読者さんは、ああいう風にならないように気をつけましょう。

本物のリア充を目指す人にこの記事が参考になれば幸いです☆

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