絶望の中に希望を見つけて、精神を安定させる方法。

節約にしろブログにしろ、お金にかかわることは長期的につづけることが大事になってきます。

ですが、これがなかなか厄介な問題です。

私も経験あるんですが、途中で面倒くさくなってやめてしまうんですよ。

ダイエットにしたって、継続しないと成果はでないのですが、なんか辛くなってやっても意味ないんじゃないかと思えてきますよね。

趣味や勉強にしても、このままやってて成果がでるのか分からない時は、モチベーションって下がりますよね。

しかも、何か目標があってやってるのに、周りからの情報によって「やっても結果はでないでしょう。」とか「キミはおかしいのではないか?」と、常識的なことを言われてしまいます。

 

私が思うのは、世の中には肯定的なことを言う人は1%もいないし、残りの99%は否定する人なんだということ。

現実的な考え方をしてムダな作業をしないのは大事なのですが、それはどこまで長期的にものごとを予測した意見なのか、というのも気になります。

いくら正しい意見のようでも、今までの常識から今後2、3年はこうなるだろうと予想したにすぎない正論は、やっぱり根拠が曖昧といえます。

私個人はいつも、のちの数年ではなく長期的にみてどうなのか? ということを意識して行動してます。

 

世の中は移り変わってゆくものですが、本質的なことはそう変わらないからです。

流行には関心がありませんし、日本の常識よりも世界の文化や慣習に興味をもちます。一時的なものやローカルな風習は、いつもどこでも正しいわけじゃないので。

そういう点で、周囲ではなく世界を、身近なことより遠くのものを見ていたほうが、お得だし価値があります。

 

日本には一つの民族しかいませんし一つのローカルな言語しか話しません

世界は多民族ですし、英語はいろんな国で話されるグローバルな言語です。

日本は世界からみると、むしろ少数派なんですよ。

マイナーであることが間違ってるわけじゃないですが、世界がもつ価値観を知らずに生きてるのはもったいないことです。

日頃、周囲の環境になじんでるとそのことを忘れがちになるので、忘れないで生きるにはどうすればよいかということを、考えてみることにします。

日本よりも世界のほうが圧倒的に広いが、日本に住んでる以上周りの環境の99%は歪んでいる。

 

哲学について知ろうと思ったら、ソクラテスについて書かれた古書を読む必要があるし、神について知ろうと思ったら『旧約聖書』とか神話を読まないといけないわけです。

ビジネスを知ろうと思ったら、実際に成功してる人(スティーブ・ジョブズとか)の言葉を知ろうとするでしょうし。ラノベ作家になろうとするなら、いろんな小説を読んで勉強することになります。

分かりやすい解説本の類を読むのもアリですけども。

やっぱり、自分の周りにはいない、遠くの人や昔の人物から学ぼうとするはずです。

 

すぐ身近にあるものも大事なヒントをくれることはありますけどね。しかし、何かをしようと思ったときに常識をもって否定してくる人が多いのも事実

自分の身の回りというのは、わりと常識の寄せ集めでできている世界なんです。

日本にいる限り世界の常識からは離れてしまいますし、現代に生きてる以上昔の人間の知恵なんかとは無縁になりがちです。

つまり、私たちは現代の日本といういたって一時的でローカルな価値観に囲まれて生活してるだけだったりします。

 

普段、疑わずに信じてる知識は、偏った一部の人々が信仰してる宗教みたいなもんです。

正しい保証なんてないわけですよ。

 

そうなると、じゃあ何が正しいのかってことになるのですが。

世界や歴史、科学や文芸に目を向けることになるわけです。

遠くにいる人物ほどわりと非常識なことを語ってるものです。

 

テレビのニュースなどを見ていて、有名人がとんでもない発言をしたりしてるのを、われわれ一般人は目にします。

それは『テレビの向こう側』にいる人間が語ってることだと、自分には関係ないこととして受け止めます。

有名人と平凡な自分は違う。彼らとは住んでいる世界がちがうのだ、と普通は思うわけです。

ただ、問題はだれが語ったかではなく、言ってる内容が正しいかどうかなんですよね。

 

すごい才能がある人物が言ってることは自分には関係が無いのか?

それは、内容を見てから、自分で考えてみて決めることです。

意外と、自分にもできそうだ、と気づくようなことを言ってたりするもんです。

 

私の周りにいる人間は、よく「現実を見なさい」とか「できるはずがない」といった否定的な言葉を使います。

言ってることは正しい気もしますが、どうも人間には可能性や自由が無いといったニュアンスに聞こえます。

だから、日本の社会に染まって安定した無難な生活をしましょうと。

 

一理あるのですが、私の経験から言うと、こうした考え方は心が暗くなります

生きていて楽しくなくなるので、何か行動するにも生産性が落ちるんですよ。

人生に希望がもてなくなるので、鬱になりやすいですし。

鬱ってのは、けっこう精神的なストレスがたまります。

そして、過食に走ったりタバコの本数が増えたりして、節約に悪かったですね。

 

安定してお金を得るために「希望のない人生観」をもつのに、逆にお金がでていって健康にも悪いという……。

それゆえ、あまり周囲の意見に流されつづけるのも、自分に救いをもたらさない結果になります。

精神を健全に保つためにも、非常識な遠くの声を話し半分に聴いておくのは有益です。

あなたの周りの環境は、世界の中の1%。

日本と世界

というのも、世界も歴史も広大なはずですが、自分の生活空間はそのうちの1%にも満たないものだからです。

とくに日本の社会は、コミュニティを重視する傾向がつよく、排他的なところがあります。

検索サイトとSNS の違い、多様化と一元化。

上の記事でも書いたのですが、SNS などのコミュニティは人付き合いとランキングの要素がつよく、個性とか独自性を排除する力が働くようです。

Google の検索は、サイトを『差別化』することで多様な価値を生みだすよう促す構造になってます。SNS は、友だちの多さやランキングによって人気度を序列化し、みんなに好かれて争いを生まないブログが好まれます。

 

日本の社会は、一つの民族が一つの言語で狭い島国に集まって作られてるため、コミュニティの要素がつよく一つの価値観を共有しがちなのです。

異なった思想をもつ者は排除されるか、矯正させられます

人間の心理には集団圧力が働くので、社会の中に歪んだ価値観が形成されることは大いにありえるのです。

 

周りの人間が「キミはおかしいのだ。」と言っても、じつは社会のほうがおかしいのかもしれません。その忠告してくる他人も、自分で考えたことではなく、人から聞いた常識をあなたに伝えてるだけなのかも。

そうした周囲の忠告も、根拠のうすい内容なら話し半分に聞いとくのが正しいのではないかと。

絶望を信じるより希望を見ると、精神に良い。

世の常識が、広い世界と歴史の中では狭くて限定された考え方でしかないと、できるだけ理論的に説明してみました。

なぜそんなことを言うのか。それは、筆者自身が日本の常識になじめないで生きてることと、社会に染まることを疲れると感じてきたからです。

 

この性格ゆえに、ネットでもSNS 嫌いですし、孤独にワードプレスでブログを書くのが性に合ってますね。

友だちが多くても、陰湿なやつがいるとストレスになりますから。

 

それで、常識や一般的な価値観というのは、あまり未来に希望がないんですよね。

社会でまじめに生きてれば安定して生活できますけど、だからって明るい未来がやって来る保証はさらさら無い

ゆえに、世の中の99.9%くらいは暗い情報なのですが、残りの0.1%くらいは明るい前向きなニュースもあるので、現実性のない希望であっても明るいほうに意識を向けたほうが精神上、健康になれるとは思います。

ストレスがたまらずに、過食もタバコもしなくてよいので、節約的にお得なんです

 

明るい話題はほそぼそと語られるにすぎないので、よく見ないと分からないですがね。人は他人のスキャンダルは好きですけど、良い話は関心がないので

明るい話ほど、地味に伝えられるものです。

まとめ

世の中、理不尽なことが多いものです。

今回は、日本は世界の中でもごく一部の限定的な国なので、周囲の意見よりも遠い世界の情報を見たほうが、より前向きで健康的に生きられることを書きました。

精神が健康になるとブログにしろ節約にしろ、長くつづける体力が付くように思います。

 

何かの目標を達成しようとする時、まず心理的な健康がないといけないので、どんな情報に日頃から触れてるかは生活の土台を作る上で重要です。

その時に、周りの常識に囚われずに古い本の知識や外国の文化を学ぶことが有効であることを、筆者の経験からお話しました。

じっさい、日本の文化はそんなに普遍的なものではないと思うので。

 

抽象的な内容の記事になりましたが、何かの参考になれば幸いです。

長文を最後まで読んでいただき、ありがとうございました☆

 

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